ドラゴンの起業物語

こんにちは、ドラゴンです。

このページでは、

・大学生がネットで5000万円稼いだ話
・ビジネスの仕組みを創る上で根幹にある要素
・1年弱の海外生活で見えた価値のあるコンテンツ
・19歳が感じた人生に対する絶望と違和感
・月収300万円でも人生は変わらなかった話
・経営者が感じると言われる孤独の正体について
・お金を稼いでも稼いでも満たされない理由

などを話したいと思います。

主に過去や理念を共有すれば、
それに賛同する人がいると思うので、
しっかり書き綴りますね。

自分らしい人生を生きながらお金を稼ぐ

よくビジネスでは、
「悩んでいる人の悩みを解決すると儲かる」
と言われていますが、
もうそんな時代は終わりました。

正直、これだと思っているより儲からないんですよね。

このスタイルが儲からなくなった理由は、
あらゆる事情があるので、一言で説明するのが難しいのですが、
要は、提供すべき商品やサービスが変わっただけなんです。

ある意味、非常にシンプルです。

儲からなくなったのは、
悩みを提供することが必要とされていないからです。

あまり、ビジネスチックな話をし過ぎると、
発狂してすぐにこのページから離れてしまう人がいるかもなので、
もう少しポップな話をしなければなぁと思っています。

なので、僕が提唱している最高なビジネスについて話しましょうか。

さっきの話をしたのは訳があって、
「儲けるためにするビジネスは儲からない」ってことは、
とりあえず、頭に入れておいてください。

じゃあ、何のためにビジネスをすればいいのか?

それは、
「自分らしい人生を生きるため」
です。

本来、ビジネスとはこうあるべきなんですが、
どこかで大きく転換してしまって、お金を稼ぐ手段として、
認識されている節が大きいなと感じています。

だって、ビジネスって、価値を生み出し、
何かを変えるために取り組むわけじゃないですか。

業界とか社会とか世界とかに変化を起こすためですよね。

その変化のサイクルを早くしたり、
より良質な価値を生み出すためにお金を得るわけです。

なので、ビジネスでお金を稼ぐのは当たり前なんですが、
そこだけがクローズアップされてしまっているなと思うのです。

そうなると、お金が得られると勘違いして、
派手な生活をするためにビジネスをしてしまったりと、
ビジネスの本来の目的を見失ってしまうんです。

だからと言って、派手な生活が出来ない訳じゃないし、
何か大義がないとビジネスが出来ないのかとかそうじゃありません。

目的を一致させればいいのです。

例えば、僕は今英語のビジネスをしています。

普通だったら、時間とお金が出来てから、
英語を勉強したり、留学したりすると思うはずです。

それはそれでいいのですが、スタートが遅くなる上に、
リソースが分散してしまうのが欠点です。

仕事もしないといけないし、
英語の勉強をコツコツしないといけません。

仕事はお金を稼ぐため、
英語の勉強は留学したりするためなので、
目的が一致していないのですよね。

僕は英語を勉強し始めた時から、
英語を勉強すること自体をビジネスにしています。

それだけで、月間何十万、何百万と稼げるのです。

関連ビジネスを合わせると、
もっと大きな経済効果になっています。

何より、最大のポイントは、
僕が勉強することでよりお金が稼げてしまうということです。

勉強すればするほど、お金が稼げて、
そのお金でより勉強ができるようになるのです。

それに英語を使いこなした後も考えているので、
そうなると僕の人生の幅が広がれば広がるほど、
僕のリソースが増え、負けない状態になります。

他には、筋トレも、世界を旅することも、
経営者や法人に対してするコンサルもそうだし、
ビデオクリエイターとしての活動もそうだし、
全てやりたいことをビジネスにしています。

むしろ、全て「勝手に」ビジネスになっています。

人生とビジネスにシナジーが生めるのが、
僕が得意とするネットビジネスの醍醐味ですし、

人生とビジネスを乖離させないことが、
これからの勝ち続ける成功法則だと思います。

人生とビジネスが分離している状態だと、
その仕組みはいずれ破綻してしまいますし、
それは僕も実際に経験していることです。

そんな実体験とかも話したいですし、
いかに自分らしい人生を生きながらお金が稼げるか。

そうなれば、もう雪だるま式に、
人生も収入も拡大していくよってわけです。

自分の人生とイコールのビジネスを作るのは、
自分にとって精神衛生上、良いことですし、
意外にもユーザーにとっても意味があるのです。

それが、これからのビジネスのヒントでもあります。

ま、今日言いたいことを簡単に言えば、
やりたいことがビジネスになるよってことです。

そして、やればやるほどビジネスが拡大すると。

人生を、ビジネスにできる力も必要なので、
そこは僕からでも何からでも勉強してもらったらOKです。

でも、かく言う僕も、
このビジネスに至るまでは紆余曲折ありました。

その分、これを読んでいる人は、
僕が悩み、右往左往した時間を短縮できるので、
ここまでに至った話をしたいなと思います。

まずは、大学生の頃の話から。

19歳が見た人生に対する絶望と違和感

大学に入った僕というのは速攻で絶望の淵の落ちます。

それもそのはずで、
大学のレベルの高さに入学していきなり絶望したのです。

これは、完全なる勉強不足なのですが、
僕は中学受験を機に、それ以降は一切受験という受験をしていません。

しかも、中学受験も第1志望は落ちています。

結局、滑り止めで受かった中学に行って、
それも中学高校大学と続くいわゆるエスカレーター校だったので、
高校も同じ、大学もそのまま推薦で入学しました。

大学受験をしていないので、高校の部活引退後は、ゲーセンで遊んだり、
ホテルでベットメイクのバイトをしたり、バイクの免許を取ったり、
その取ったバイクの免許を活かして、ピザ屋で配達をしたりしていました。

後は、車の免許を取りに行ったりしていたので、
全くと言っていいほど勉強はしていませんでした。

でも、高校の成績は良かったので、
進学する予定の大学の学部は好きに選べました。

学部を選んだ理由は「なんとなくカッコいい」と思っただけで、
結局、外国語学部に進学し、入学後のテストの試験も良かったので、
それなりにレベルの高いクラスに配属されたのですが、、、

そこで絶望したのです。

勉強してきた学生と、
ちゃらんぽらんだった自分との差に、です。

しかも、外国語学部なだけあって、

「帰国子女です!!」とか、
「小学生の時はドイツに住んでいました。てへ。」とか、
「高校はニューヨークで、中国人のハーフです。」とか、

そういった人たちの集まりで、
普通に育ってきて、しかも勉強してこなかった僕は、

「いやいや、僕普通なんですけどww」

と、いきなり面を食らったのです。

別になんてことはないと思いながら、
それに、晴れての大学生活が始まったということで、
最初の4月くらいは意気揚々としていました。

でも、何かがおかしいと気づきました。

それは、
「授業が全部英語」
だということです。

「え??」って感じです。

なんで授業が英語?って。

教科書も海外から取り寄せで英語だし、
先生もネイティブ、質問も英語、会話も英語、
宿題も英語、クラスメイトも英語が喋れる。

後、コンピューターのクラスも英語というww

他にも第2言語もやらないといけないし、
授業内容も哲学とか国際経済とか国際政治とか。
(もちろん、これらも英語。)

それに宿題がどこかもわからんという状況で、
もう、入学して速攻脳みそがスパークしましたが、
僕は負けじと食らついてしこたま頑張りました。

その頃、サークルも探していて、
「どのサークルに入ろっかな〜?」
と思ってあちこち行っていたのですが、

思っていたよりお金が掛かることに気付き、
それだったらバイトに入った方がマシじゃないかと思い、
大学終わりはバイトをするようになりました。

バイトをするようになった他の理由は、
シンプルに友達が少なかったからです。

学部のクラスは20人くらいの少人数で、
メンズは少ない上に、数人のメンズは変なやつだったので、
よくあるテラスで昼飯を1人で食べていました。

そうした2つの理由から、僕はバイトをすることにしたのです。

高校の時にやっていたピザ屋は辞めて、
料理に自信があったし、もっと料理を極めたいとも思ったので、

「料理系のバイトをしよう!」

と、焼肉屋のバイトを始めました。

だいたいそのバイトが週6です。

大学が終わって、そのままバイトに行き、
深夜2時くらいまで働いて、学校の課題をし、
また朝起きて、学校に行くという生活です。

まぁ、ある意味充実して良かったのですが、
そこで大きな1つの疑問を抱えます。

それは、
「自分の好きなように働けないこと」
です。

せっかく大学生になったので、
髪も染めたりしてチャラチャラしていたのですが、
そのバイトが茶髪以上がNGだったのです。

社員の言っていることはわからなくもないですが、
キッチンで働いている自分はお客さんから見えないし、
「別に何色に染めても問題なくね?」って感じです。

それに、その時は就職するつもりだったので、
大学生の時にしか自分の好きなようには出来ないと思っていて、
大学生の時にしないといつできんの?とも思ったわけです。

そんな中、僕は、友達のバイト先が染髪自由だと聞きつけ、
そのバイトを辞めて、そこで働こうと思い、面接を受けに行きました。

結果、そこで働くことになり、
前のバイトを辞めようと思ったのですが、
前のバイトが中々辞められないのです。

ま、前のバイト先に可愛い先輩がいたので、
結局掛け持ちをしながら働くことにしたら、
自然とフルシフトで働くことになりました。

因みに、両方とも焼肉屋のキッチンです。ww

休みは、土日の昼間だけで、
平日はバイトと学校の連続です。

しかも、新しいバイト先も、
結局染髪NGで、「なんだかなー」と思いつつ、
ただ、その新しいバイト先にも可愛い先輩が居たので、
心のどこかで良しとしている自分もいました。

当時の楽しみと言ったら、
大学に入学して買った中型のバイクを乗り回すことと、
それぞれのバイト先にいる可愛い先輩と喋ることで、
それが僕のとっての残された生きる理由でした。笑

そんなこんなで、大学の前期も終わり、
頑張って食らいついてフル単を取って夏休みを迎え、
当然、夏休みもバイトばっかりの毎日です。

バイトバイトバイトです。

だから、逆にあんまり記憶がないです。

同じ毎日を過ごしていると、
記憶は圧縮されるので、時間感覚は早くなるんですよね。

それがまさに大学1年の夏です。

ま、そのままバイトで過ごした夏も過ぎ、
大学の後期も始まったのですが、僕はあることに気が付きます。

それは当時付き合っていた彼女と過ごすイベント事が、
11月、12月、1月に多発してお金が掛かるということです。

「お金がいるし、稼がんとな〜。」
ということで、僕はもう1つバイトを増やしました。

残りの土日の昼間に詰め込んだのです。

これで、もう毎週全日の予定が埋まりました。

平日は、朝の7時起きて、9時から17時まで学校、
そこからバイトに行き、深夜の2時まで働いて、
クタクタに帰ってきたから課題と予習と復習をやって、

休日は9時から夜中の2時、3時まで働き、
休憩時間はバイトを跨ぐ移動時間の1時間のみです。

この時は超絶しんどかったです。

スケジュールが鬼なので、体力が落ちて免疫が下がり、
掛かった風邪は治らないという悪循環にはまっていました。

でも、
「彼女と過ごすイベントはちゃんと祝いたい!!」
という思いで踏ん張っていました。

そういった一連の生活で僕が感じたことは、
さっきにも言っていた人生の自由に制限が掛かっていることと、
そして、否が応でも計算して見えた月給が少なすぎることです。

給料が少ないというよりも、
これも制限が掛かっているということに対して、
「違和感」を感じるようになったのです。

「どんなに頑張っても足し算で給料が分かる!」
と思い、その延長線上で考えてみても、
生涯に使えるお金さえも決まっていることに絶望しました。

だって、生涯賃金が2億円だって分かっているということは、
2億円以上のものが買えなかったり、経験が出来ないと宣告されているわけですから。

可能性もヘッタクレもありません。

投機、ブログアフィリ、出会い系アフィリをやってみる

そんな時にテレビで、
たまたま「ネットで稼ぐ」的な番組をやっているのを見て、
その番組ではおじさんおばさんが稼いでいたのですが、

そこで僕が思ったことは、

「おじさんおばさんで稼いでいるなら、若い奴でもやっている奴はおるだろう。なら、自分もできるんじゃないか!」

というある種、希望的観測の思いで、
ネットで色々「稼ぎ方」なるものを調べ始めました。

最初にたどり着いた先は2chで、
そこでなにやら怪しげな稼ぐ方法が紹介されていて、
純粋無垢な僕はそこに書かれていた方法を試しました。

今でこそ、有名ですが、
当時はまだ無名のバイナリーオプションです。

投資すらもやったことない大学生が1万円を入金して、
英語サイトを頑張って見ながら、コインゲームをやるかのように、
お金を賭けるボタンを連打して押しまくってました。

すると、数日でその1万円は無くなり、
「もう無理ぽよ。」って意気消沈してしまいました。

割と普通にショックでした。

「まぁ、そんなことは忘れて、真面目に働こう!」

と1ヶ月ほど、今まで通り働いていたのですが、
どうしてもそういった世界が諦めきれません。

彼女とのイベントに掛かるお金の件もそうですし、
「そういった世界が本当にあるのであれば、今僕が悩んでいることは全て解決するじゃないか!」
と思ったのです。

他にも家庭の事情が色々あったり、
親が事業の失敗で2億円の借金を背負ってしまって、
家庭環境が崩壊していたことも悩みのタネでした。

そのせいで妹は大学も選べないし、塾も行けない。

父親は1日も休まずに、早朝から夜中まで仕事している。

それに対して、自分は大学で寝てばっかり。

そんな自分が情けなく思えていたのです。

僕の中で、
「自力でお金を稼ぐことによって怠惰な自分も変えられるし、その過程で稼いだお金で全ての悩みが解決する」
と思ったわけです。

そこからまた色々探していると、
ブログアフィリエイトにたどり着きました。

「ブログを書いて、なんかを紹介すれば、お金が貰える。」

というのを知り、
適当に登録したASPのリンクを下手な文章で書いた記事に貼っていましたが、
どうもやり方が合っている気がしなくて、数記事だけ書いて諦めました。

その時の印象は、
ブログアフィリエイトの全体像が分からずに、
自分は迷っているなと感じていたのです。

なぜなら、世の中にどんなブログがあるかも分からないし、
どんなアフィリエイトが他にあるかも知らないし、
ASPも1つしか知らずに闇雲に記事を更新していたからです。

そのブログを書いていた頃は、2015年の正月です。

予定してた11月、12月のイベントが終わり、
12月の給料は1月に入るので、もう頑張らなくて良いはずですが、
なぜそこまでしてまだ稼ぎ方を模索していたかというと、

2月に1ヶ月のアメリカ留学が控えていたからです。

これは学部の強制だったのと、
「強制だったら、親父もお金を頑張って出してくれるだろう。」
という魂胆で、実は外国語学部を選んだ理由の1つです。

もちろん、3つのバイトの掛け持ちを始めた頃、
このアメリカ留学もお金の掛かるイベントの1つとして捉えていました。

アメリカ留学でお金が掛かる上に、
向こうで生活する生活費は自分で捻出しないといけないし、
アメリカにいる間は、日本のバイトを休むことになります。

そうなると、アメリカまでに何かしらの方法で稼ぐか、
アメリカにいる間にでもネットかなんかで稼ぐしかないので、
それが可能な方法を必死に探していたのです。

そういう理由で、
正月に記事を書きまくっていましたが、
ブログアフィリエイトも断念です。

「もうわけわからん…」
ってなりましたが、
アメリカ留学はもう1ヶ月後に迫っていました。

「何か、方法を探さないと…」

という感じで、
向こうで生活する生活費はもうバイトで稼いだのですが、
どこか、日本と違う生活をしたいとも思っていました。

そのためにお金を稼ごうと。

で、次は何をしたかというと、
当時、巷では大ブームの出会い系アフィリエイトです。

出会い系を紹介すると、3000円ほど貰えるのですが、
僕は出会い系を使ったことがないので、紹介の仕方が分かりません。

軽くTwitterで教えてもらった人がいて、
その人がやっている通りにやったのですが、
なんだかうまく出来ませんでした。

もう普通に失敗続きです。

月収100万円の京大生に会ってみた結果

それが1月の中盤の頃の話で、そこから、
「ええい!もう実際にお金を稼いでいる人に会おう!!」
と思い、Twitterでコンタクトを取った人に会いに行きました。

京都のとあるカフェで待ち合わせをし、
緊張しながら待っていたのですが、そこに1人の男性が現れ、
あれよこれよとネットビジネスの全体像を教えてくれました。

その男性は、僕の1つ上の当時20歳で、
月収100万円ほど稼いでいる京大生でした。

そこで話したことによって、
「あ、今までのビジネスはそういう仕組みになっているのか。」
とスッキリした気分になり、

しかも、彼がビジネスを32万円で教えているというので、
僕は教えて欲しいと思ったのですが、お金はそんなにありません。

アメリカ留学に用意していた生活費は10万円だし、
それをどう足しても足りないし、どうしようかと考え、
頑張って貯金をして貯めようかとも思いましたが、
「バイクを売れば良い」ということを閃きました。

通学で使っていたので盲点だったのですが、
もしかしたら高く売れるかもしれないと思い、
速攻でその日、バイク屋に売りに行きました。

「高く売れなかったらどうしよう…」
と次の手まで考えていたくらいです。

そもそもなぜ、そんな急いで決断したかというと、
会いに行った日は1月の終わりで、その時期は大学のテスト期間中だったのと、
2月15日から行くアメリカ留学までは、バイトも詰まっていたのです。

しかも、バイクが現金化できるのが時間が掛かると思ったので、
速攻で売りに行き、バイク屋のおっちゃんにも事情を話しました。

「ビジネスを勉強するから、バイクを売る。」
と言ったら、

「ライダーとしては悲しいけど、男として尊敬する、頑張れよ。」
と褒めてくれたのを覚えています。

そこでバイクを見積もってもらったら、
売却値段は32万円で、

「ぴったり!これでできる!これはやれってことだな!」

と思い、1週間後に振り込まれたそのお金で、
僕はビジネスを勉強し始めました。

当時を振り返ると、
根源的な欲求は「カッコイイ自立した男になりたい」という感じです。

家族のことも彼女のことも、
自分の生活のことも全部含めて、

「自分がなんとかしないと!」
という意味合いが大きくて、

それらをなんとかすることが、
自分にとっての理想的な人物像だったので、
自分の人生にとてつもない可能性が見えた感覚です。

ビジネスを学び始めたのと同時にアメリカに旅立ったので、
アメリカの大学に通いながら、ホームステイ先ではブログを書く、
という日々を1ヶ月間送っていました。

そんな生活を送っていたので、
逆にアメリカでこれと言ったものは掴めませんでしたが、
帰国後もバイトを1つ減らして、作業していました。

実は、パソコンを持っていなかったので、
アメリカ留学に行く前に契約したiPadで作業を進めたり、
大学のPCを使って、コツコツ進めていました。

ほんと、できることをやるって大事ですよね。

そこから4月を迎え、5月、6月となり、
コツコツ書いたブログからなんと収益が発生して、
じんわりと感動したのを思い出します。

そこで思ったのは、

留学前に人に会って、
試験中で忙しいし、バイトも詰め込んでいたのに、
バイクを売ってビジネスを始めたり、

バイクを売ったことで、通学の足を無くしましたが、
なんとか留学までの期間、大学に通うことができたり、

留学中の大学や生活、ブログの作業などもそうですし、
留学帰ってきてからも3月は大型のバイクの免許を取ったり、
めっちゃバイトをして20万円の小型のバイクを買ったりと、

4月に大学2年になって、忙しいし、
しかも、自前のPCがないのにコツコツ作業をしたりと、

「案外、なんとかなるんだな。」

と。

そういった実感を得ました。

最初に稼いだお金は、
筋トレの商品を売った3980円ですが、
すごく自分にとって価値がありました。

「自分に商品が売れるなんて…」
という感じです。

そこから僕は、店長に反対されながらもバイトを辞め、
バイトを2つから0にして、大学も行かなくなりました。

なぜかというと、
色々な人に会って自分のビジネスの話をしていると、

「僕にもそれを教えてください!」

という人がいっぱいいたので、
僕はそこからネットビジネスを教えることにしたからです。

月収300万円でセミリタイアしていると感じた孤独

そこから僕はネットで稼ぐ方法を教えるコミュニティを運営し始めます。

セミナーをしたり、会ってコンサルしたり、
オフラインでもブログを添削したりなど、
割と忙しくも充実した日々を送っていました。

当時、がむしゃらなりに、
めちゃくちゃ楽しかったのを覚えています。

そうやってネットビジネスを教えていると、
大なり小なり人生を変えていく人がいるので、
僕にとってそれがやりがいでもありました。

その頃のビジネスをやっている理由も、

自分が頑張ることによって、背中を見て頑張ってくれる人がいる。
そのために自分は輝き続けたい!

という動機にシフトしていました。

そのまま大学2年の後期は休学して、
大学3年になる頃、3年の前期をどうするかという電話が大学から掛かってきたので、
僕はそのまま「辞めます。」と伝えて、電話一本で大学を中退しました。

そこから数週間後、
僕は名古屋に引っ越すことになります。

関西だけでなく、
もっとデカくコミュニティを作りたいと思い、
近場の名古屋に行くことにしたのですが、
なんせ、家が借りれないという状況に陥ります。

社会的に京都から名古屋に引っ越してくる理由が証明出来ないので、
中々家が借りれず、2ヶ月ほどホームレスをしていました。

まぁ、本格的なホームレスではなく、
ただ家がないという状況なので、カラオケに行ったり、
ファミレスで夜を明かすという感じです。

たまに、カプセルホテルを泊まったりとか。

そんな生活をしていて、なんとか家を借りることができて、
一緒にコミュニティを運営していた人と名古屋で暮らす始めます。

そこからもガムシャラに頑張っていたのですが、
「自分が頑張ることによって、みんなも人生を変えて欲しい!」
という目的でビジネスを教えていました。

自分の収入も増えて、関わっていく人も人生を変え、
僕のライフスタイルで言えば、そこそこの程にはなりました。

自分に住みたい場所を選ぶことができ、
関わる人を自分の裁量で決めることも出来ますし、

収入も労働とは反比例して減っていくと、
買えるものは増え、行ける所は増えるわけです。

ネットビジネスを志す人なら、
手に入れたいライフスタイルだったと思います。

でも、肝心なポイントが得られなかったのです。

それは、「心の充足感」です。

セミリタイアしてから感じたことではないですが、
なんか、心が後1ピース足りないと感じるのです。

今の生活が楽しいかと聞かれれば楽しい。

でも、なんか足りないんだよ。

そんな感覚です。

これは、よく「経営者は孤独だ」って言われますよね。

この孤独を感じる理由は、
そもそもビジネスの仕組みの作り方を間違えています。

孤独を感じる理由は、会社で言えば、
従業員やお客さんと自分が分離してしまっているからです。

だから、そのままの意味で、孤独なんです。

コミュニティっていうのは、
何で繋がっているのかが重要になってきます。

メリットだけで繋がっていると、孤独を感じるのです。

例えば、従業員は、
条件や給料が良いからそこで働いているとか、

お客さんは、安いからその商品を買っているとか。

コミュニティがそういう構造だと、
経営者は孤独を感じて当たり前です。

そういったビジネスは衰退するので、
今すぐにでも構造自体を立て直した方がいいのですが、
かく言う僕も21歳の時は同じ感覚を抱いていました。

なぜかと言うと、
自分にはメリットで人が集まっていたからです。

恋愛とかでもよくあるじゃないですか。

「この人、自分の〇〇を利用するためやな。」
ってなんとなくわかりますよね。

自分の繕っている部分や表面的なラベルに人が寄ってくると、
それが寄ってきている本人に作用して、それが心の穴を作ります。

かと言って、そういった薄い繋がりでさえ、
僕らは執着して保持したい生き物ですし、
そもそも、心の穴の原因が分からないわけです。

なんとなく、「今のままじゃ認められていない」になって、
「じゃあ、もっとお金を稼げばいいのか。」になってしまうのです。

その結果、「お金を稼ぐ」という目的にシフトしました。

孤独を解消するためにお金を稼ごうとする

気付いたら、すり替わっていたという方が正解ですかね。

自分がビジネスをするのも、
自分がネットビジネスを教えるのも「お金」のため。

これが優先順位1位になっていたわけです。

確かに、そこから収入も増えました。

しかもビジネスも事業化をして仕組みを作っていたので、
そんな労力を掛けずに、お金が入ってきていました。

21歳でデザイナーズマンションに住んで、
旅行、寿司、焼肉、ブランド、キャバクラというキーワードのオンパーレドです。

毎日起きたら、なにをしようか?って感じで、
行きたいと思えば、旅行に行ったり、錦や北新地でよく遊んでいました。

この中で一番お金が掛かるのがキャバクラで、
最低でも10万、平均で30万円ほど、多い時で100万円が一晩で無くなります。

1人で行くことはないので、
一番年上の僕が出すことが多く、
それが正義だと思っていました。

だいたい週2、3日飲み歩いて、
それ以外は旅行に行ったり、ホテルに泊まったり、
買い物をしたり過ごしていました。

21歳でそんなことしたらあかんわ、って思います。笑

でも、確かにそういった世界は煌びやかに見えたし、
当時はそういった生活を拡大したいという他人の夢に洗脳されていたわけです。

本当にやりたいことはそんなことじゃないはずですし、
ビジネスをやる目的は、そんな生活をするためじゃなかったはずです。

僕はいつしか、他人の夢を追い、お金を稼ぐためにビジネスをし、
勉強も学ぶこともしなくなり、ハングリー精神を失っていたのです。

さっきも言いましたが、
それなりのお金と時間はあったのに
どこか心が満たされない感覚です。

その感覚は、収入が少ないから、だとも思っていました。

収入が少ないから、どこか満たされないんだ。
だったらもっと収入をあげればいい、ただそれだけだ。

そう思って、ビジネスに躍起になっていたのです。

それと同時に、今のビジネスが、
何かしらの原因によって崩壊してしまうんじゃないか、
という不安にも毎日晒されてしました。

その不安が自分を繕う要素にもなっていたと思います。

表面的には良いライフスタイルではありましたけど、
精神衛生上はあまり良くなく、不健康極まりなかったです。

今思うと、原因は、圧倒的な学習不足による怠慢であり、
過信、傲慢さ、見栄、必要のないプライドが進化を邪魔していました。

でも、進化しなかったとしても、
ある程度の結果は出せているので傲慢になってしまうんです。

これがショートカットして成果を得ると、
努力しなくなり、その成果はすぐ朽ちるというジレンマです。

いくら稼ぎたいなどの結果にフォーカスしてしまうと、
その結果を最小労力で得ようとしてしまいます。

別にこれが悪いわけではないですが、
結果とは本来、循環の中にあるポイントに過ぎず、
そこを一点だけを目指すことが不自然なのです。

結果を意識しすぎると、
打ち上げ花火のように綺麗に散ってゆくのです。

僕が意識しないといけなかったのは、結果ではなく循環であり、
どうやったらその循環を最小労力で得れるかにフォーカスすることです。

そうすれば、自然と自分が求めていた結果も手に入ったはずです。

前者の考え方は楽をすることになり、
後者の考え方は無駄が無くなるということだからです。

これらからも分かる通り、
名古屋に引っ越ししてから1年半が経つ頃、
僕はちょうど大阪のタワーマンションに引っ越したのですが、
僕が運営していたコミュニティに亀裂が入り始めます。

やはり、僕が運営者なので、
違和感などはすぐにわかります。

ビジネスの失敗から学んだ本当に大切な教訓

「あれ、うまくなんか機能していないな?」
って感じです。

よくあるネットビジネスの教材だけを販売するのではなく、
教材と人を軸にして、実際にコミュニティのフレームを作っていたので、
単に教材が売れないから残念みたいなことではありません。

感じた違和感はすぐに現実化し、
関わっていた人たちはある日を境にほとんどいなくなりました。

これも僕が今まで言っていた話で、
「仕組みが機能するには条件がある」
というのを僕は痛感しました。

パーツだけ揃えば仕組みは機能するかに思えますが、
その仕組みが生き物のように成長するには循環が必須だったのです。

これは、すべてのビジネスに言えます。

本当に重要なことですが、みんな案内知らないことです。

僕はもう一度同じような仕組みを作るかを迷いましたが、
どこか疲れている自分がいたので、その気は結局起こりませんでした。

沈みゆく船に乗っていただけです。

でも、逆に良かったことは、
全てをフラットに考えられるようになったことです。

今までは何かしらの条件があった上で、
人生の選択をしてきたのですが、その条件が一切なかったのです。

大学生でもない、どこかに属しているわけでもない、
ビジネスを創っていくスキルや知識は兼ね備えている状態です。

わかりやすく言えば、無職なんですけど。笑

確かに沈んでいる時は、焦っていたし、
毎月の家賃を払うのが精一杯でした。

退去したかたったのですが、解約金が2ヶ月分が必要だったので、
さすがにそこに今割くくらいなら、ビジネスに突っ込んだ方がいいなと思い、
しばらくは退去せずに、そんな時にこのブログを立ち上げました。

純粋に、何をしようか?を考えた時に、
自然とこのブログを立ち上げていたのです。

自分の経験した失敗を伝えたいという思いからです。

なぜそう思ったかと言うと、
自分を繕っていたラベルが全て取っ払われた時に、
何も残っていなかったことに気がついたのです。

「比較的に多い金額をビジネスで稼いだことが人」
という経験だけが残っていただけです。

じゃあ、そうなった今その経験を言ったところで、
失敗したので、説得力のカケラもありません。

本当に何も残らなかった。

1億円以上売りあげて、5000万円ほど稼ぎましたが、
宵越しの金は持たないスタイルだったので、お金もありません。

成長していくことによって、
誰かに影響を与え、それが連鎖していくことに喜びを感じていたのに、
いつしかお金を稼ぐことが目的になり、成長しなくなったからです。

成長とお金の関係性は僕の中でタイムラグがあるイメージで、
なぜ、僕が後半成長しなくてもある程度稼げていたのかというと、
起業当初の成長の成果が残っていたからだと思います。

これから分かる通り、成長すれば稼げるし、
成長しなくなったら稼げなくなるのは時間の問題で、
早く稼ぎたかったら早く成長したらいいいだけです。

まぁ、そういった失敗から得た学びを伝えたかったし、
ネットビジネスをやる目的がお金になっている人も僕以外に多くいたので、
みんなドツボにはまってしまうのが僕の目にはわかっていました。

僕のように失敗するか、気付けないまま進むか。

そのどっちかになる人が多いなと。

だから、僕はこのブログを立ち上げた時から一貫して、
「どう生きるか?」という視点でネットビジネスを話してきました。

お金を稼ぐ方法ではなく、ネットビジネスをちゃんと手段として使うことで、
どんな人生を生きることが出来るようになるのかという方向にシフトしたのです。

1年弱の海外生活で見つけた進むべき道

そんな感じでブログを書いたりしていた時に、
僕はある時に、ふと思いました。

ずっと家に居て、PCで仕事をして、家の近くでご飯を食べる。

しかも家賃は20万円ほど。

それだったら、
海外にいても同じなんじゃないか?と思い、
そこから海外に出るようになります。

それこそ、僕がビジネスを始めた頃、漠然と
「22歳の時には、不労所得を作って海外を旅したいな〜」
と思っていたことを思い出したのです。

そこからPCとリュックだけを持って、
東南アジアをふらふらしていました。

海外は今までにでも何回も行っていたのですが、
自分1人で国を決めて行くという意味では初めてで、
そういった意味では全て新鮮に思えました。

ナンパしたり、筋トレしたり、英語の勉強をしたり。

酒を飲んだり、仕事をしたりなど、
自分のペースでのんびり生きていました。

お金を稼ぐことが嫌になったと言えば語弊がありますが、
お金を稼ぐために躍起になり過ぎて、これ以上人生を喪失させたくなったのです。

「自分らしい人生を生きる」という理念を掲げ、
女の子と遊んでる時以外は、ほとんど1人だったので、
そういった人生とは何か?を毎日考えていました。

でも、「自分らしい人生を生きる」とは掲げるものの、
自分の中で空を切っているような気がしていて、
自分らしく生きていないわけではなかったのですが、
これからの人生がどこか予定調和に思えていたのです。

ただ、海外に出るまでは激動の人生だったので、
どこかしばらくの安定を求めている自分もいました。

そして、今までのこのブログでも発信する中で、
本当にみんなにとって価値のあるコンテンツとは何か?
というのをいつもいつも悩んでいたんです。

PVを伸ばしたいとか、リストが欲しいとか、
商品を売りたいとかそんな単純な話ではなく、
「本当に伝わっているのか?」ということです。

1年弱の海外生活はある意味、僕にとっては充電期間で、
それを考えてるためにもがき苦しんでいたわけです。

振り返ると、起業当初が一番僕の中で楽しい記憶で、
その理由は、自己と他者が共存していたからです。

これは自分が大金を稼ぐのがある種イメージが湧かなかったことが大きかったかなと。

イメージが湧かないので、
お金を稼ぎたいともそんなに思わなかったですし、
自分がレベルアップしてくのが楽しかったのです。

そして、そのレベルアップの様が、
他人にとって価値に変わっていくことにも楽しみを覚えていたから、
綺麗なバランスを保っていたのだと思います。

でも、稼ぐ金額が自然と多くなっていくと稼げるイメージが容易になり、
今の延長線上に、理想の自分が存在してると勘違いしてしまいます。

本来は、延長線上にはないのですが、
このままいけばいいと思えば、努力しなくなるし、
そこから利己的に偏ってしまったわけです。

逆に海外にいる時は、
他者にばかり目が向き過ぎていました。

経験を伝えたいという思いが先行しすぎるあまり、
どうしても自分をないがしろにしてしまい、
本当の意味での自分らしさを失っていたわけです。

その狭間でずっと悩んでいて、
ここ最近もそうだったのですが、あることを決断しました。

それは、
「みんなと同じレベルから、自分らしい人生を生きる」
ということです。

僕がよく、
昔に戻るなら何をする?って話をしていましたが、
あれを実際にやってみようと思います。

もちろん、条件も同じです。

収入、環境、貯金なども全部です。

実を言うと、
ここ1、2週間でそれらの条件を揃えていました。
(この記事を書いている時点での話です。)

実際に収益サイトも手放し、お金も使って、貯金も10万円にしましたし、
そこから同じようにどうやって自分らしい人生を拡大していくかということです。

ある意味、人生を賭けた企画であり、
もちろんその企画の恩恵は自分の人生に反映されるので、
僕にとってはやる意味と価値があります。

そして、それこそが、
本当の意味で価値のあるコンテンツなんじゃないかというのが僕の結論です。

ただ、収益サイトも手放し、貯金も10万円にしたところで、
誰かの家か実家に帰り、コツコツメディアを作ればすぐに拡大可能なので、
じゃあ、違う方法で創り上げていこうと思ったわけです。

いい意味で不確実性が高く、
ギャンブル要素もあり、数値が未知数な方法です。

僕が出した答えは、
フィリピンのマニラでインターンと英語留学をしながら、
ビジネスを作っていくという方法です。

「いやいや、10万円やのに航空券とか使っちゃっていいの?」
って感じですが、僕にもちゃんと考えがあります。

航空券とビザ代は支給、インターンは給料が0円ですが、
英語留学、ドミトリー、飯代が付いてきます。

何から始めようか?ってなって、
その募集を見つけて、これだってなりました。

バイトを辞めて以来、人の下で働くことはなかったですし、
この企画をやろうかどうかも正直に言うと、迷いました。

普通に、家でコツコツメディア作っていく企画でも良くない?

とも、思いましたが、
この際に全てのプライドを捨ててやろうと思ったわけです。

みんなに見て欲しいのは、
表面的な成功パターンではなくて、戦略と判断基準です。

なぜ僕がマニラを選んだのか?
なぜ給料がない選択肢を選んでインターンをするのか?
などの、判断基準です。

闇雲でもないし、ノリだけでもありません。

自分の中にちゃんと戦略があるのです。

価値のあるコンテンツを追求した結果、
僕は自分と他者のバランスに行き着いたので、
こういった企画をやろうと思いました。

どんな神話を僕が歩んでいくのかを楽しみにしてください。

予定調和を捨てたので、
今よりも一回底に落ちる可能性だってありますが、
落ちれば上がるのが人生のパターンです。

それを楽しみたいと思います。

能動的にチャレンジしたり、
自ら貧乏になってみることには勇気が要りましたが、

振り返って考えてみた時に、予定調和じゃない選択をした時しか、
人生は変わってないと思ったので、こういった決断に至りました。

毎日給料0円で働いて、毎日4時間英語留学もしながら勉強して、
しかも共同生活でって感じなので、通常の条件よりハードです。

その上で、ビジネスを探したり、ビジネスを作ります。

ま、ちょっと頑張ってみます。

自分の人生をネットビジネスで実現する

これを書いた時点では、
フィリピンに飛び立つまでの僕の人生です。

それ以降に関しては、僕のブログを見てもらったらいいのですが、
僕がこのブログを通して、何が言いたいのか?ということです。

それは、僕ら凡人はネットビジネスでしか、
自分の人生の基盤を創ることが出来ないということです。

むしろ、それが最適であり、
それ以外をやる理由がありません。

例えば、筋トレがやりたいなら、
筋トレのメディアを作って情報発信をして、

そこからジムを作ったり、
トレーニングウェアを作ったりとか、
そういうことをすればいいわけです。

しかも、それらは自分の人生でやりたいことなので、
全てが自分の人生がベースとなっているはずです。

ある意味、自分の人生を歩めば歩むほど、
自分のやりたいことがどんどん実現するのです。

自分で情報発信をする場合、ほとんど固定費はかからないし、
固定費がないということは、リスクがないということです。

もちろん、自分がやりたいことにはお金が掛かりますが、
それはやりたいことなので、コストの観点ではないずです。

形式上、ビジネスになっているのであれば、
コストとして換算はされますが。

ま、いずれにしても、
僕はこのブログを通して自分らしい人生を生きている様を伝えて、
同じように踏襲して、自分らしい人生を生きてほしいなと思っています。

そのための方法論なども全てこのブログでお話していきます。

またLINEマガジンもやっているので、参加してみてください。

そこでは、ブログで書けないこともそうですし、
僕の体現している様子全てを話しています。

ぜひ、参加お待ちしております。

 


初めまして、ドラゴンです。

このブログでは、

19歳でネット起業し、5000万円を稼いだけど、
お金を追い求めていたことに気付き、

今は勉強した語学や筋トレでビジネスしたり、
海外美女をナンパしたり、世界を旅したり、ビデオクリエイターをやったり、
様々な業界をコンサルしている起業家が

「自分らしい人生を生きる」

を理念として掲げながら、それを体現している様子を綴っています。

自分らしい人生を生きるには、
ネットビジネスが最適であり、それを僕が証明しています。

詳しい経歴やもっと理念を知りたい方はこちらへ。
ドラゴンの起業物語

また、最近は、
「巨大な海外メディア」を作るべく、
その仲間を募集しています。

その企画では無料で海外に滞在してもらい、
それぞれに好きなことをやってもらいます。

ただ誰でもかんでもというわけではないので、
まずは、個人で稼げるようになってもらいます。

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1 個のコメント

  • 自分は今年大学に入って飲食店のバイトを経験したんですけど、あまり自分のやりたいことではないなと思って色々働くものを探してたらネットビジネスという存在を知れました。
    自分がバイトにやりがいを感じなかったのは価値提供という部分をしっかり考えてなかったからなのかなと思いました。
    自分もドラゴンさんみたいに世界中に価値提供していきたいです

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