はじめまして、ドラゴンです。
いま僕は、日本を離れて暮らしています。海外に法人をつくって運営し、日本の抹茶を海外へ届ける仕事をしながら、「English with Dragon」「Feel English」という英語教育の事業を続けています。
YouTubeでは英語の学び方について発信し、生活のなかでは英語を使って人と話し、仕事を進め、世界を旅しています。
こう書くと、最初から英語が得意で、順調に海外へ出ていった人間のように見えるかもしれません。
でも、実際はまったく逆でした。
僕は、英語を学ぶために入った大学から、英語が理由で離れた人間です。海外のホームステイ先では、食卓の会話に入れず、自分の部屋へ逃げました。単語帳と参考書を抱えて一日3時間勉強しても、口から英語が出る感覚を持てませんでした。
周りには、英語を当たり前のように話せる人がいる。その隣で、自分だけが話の内容さえ分からない。
努力しているのに、何も変わらない。
「自分には英語の才能がない」
そう考えて、英語から目を背けようとしたことが何度もあります。
だから、もしあなたが、学校で何年も英語を学んだのに一言も出てこない自分に落ち込んだことがあるなら。単語帳を三周しても、参考書を買い替えても、前へ進んでいる感覚を持てないなら。この文章は、たぶんあなたのために書いています。
僕がお伝えしたいのは、たったひとつの考え方です。
英語学習を、終わらせる。そして、英語で人生を進める。
英語ができるようになること自体は、人生のゴールではありません。
行きたい場所へ行く。会いたい人と話す。自分の仕事を、いまいる場所の外へ届ける。英語は、そのために使う基礎的な道具です。
この当たり前のことに気づくまでに、僕はずいぶん遠回りをしました。
ここからは、きれいな成功談ではありません。話せなかったこと。逃げたこと。努力の方向を間違えたこと。そして、それでも英語の先にある人生をあきらめきれなかったこと。
その遠回りの話を、順番にさせてください。
第1章 英語の環境に行けば話せると思っていた
最初に海外へ出たのは、中学生のときでした。
ニュージーランドで、約二週間のホームステイをしました。日本を発つとき、僕は本気でこう思っていました。
「向こうに行けば、耳が慣れて、自然に話せるようになるんだろう」
英語に囲まれさえすれば、何かのスイッチが勝手に入る。学校で習った単語や文法が、必要な瞬間に口から出てくる。そんな漠然とした期待がありました。
現実は、着いてすぐに崩れました。
ホストファミリーが笑いながら話しかけてくれる。単語はいくつか聞こえる。でも、それが一本の意味としてつながりません。
返事をしようとすると、まず日本語の文が頭に浮かぶ。それを英語へ訳そうとしているうちに、会話はもう次へ進んでいる。
僕にできたのは、相手の表情に合わせて笑い、分かったふりをしてうなずくことだけでした。
分からないと言うこともできない。聞き返す英語も、とっさには出てこない。
目の前に人がいて、こちらに言葉を渡してくれているのに、受け取れない。その距離は、教室で問題を間違えることよりもずっと苦しいものでした。
それでも当時は、「二週間だから仕方がない」「もっと長くいれば変わる」と考えました。
大学時代、今度はアメリカのポートランドで約一か月ホームステイをしました。
けれど、期間が延びても状況は変わりませんでした。
夕食のテーブルで会話が始まる。誰かが話すと、みんなが笑う。僕だけが、なぜ笑っているのか分からない。視線を上げるのが怖くなり、自分の皿を見ている時間が増えました。
一緒に行った友人のなかには、英語が分かる人もいました。僕は自然と、その人の後ろに立つようになりました。自分で話すのではなく、誰かが訳してくれるのを待つ。誰かの言葉を借りなければ、その場所にいられない。
思っていた以上に、惨めでした。
そのうち僕は、みんながいる場所よりも、自分の部屋に戻る時間を選ぶようになりました。
ドアを閉めると、英語が聞こえなくなる。
その瞬間は、ほっとします。でも静かになった部屋で、「何をしにここまで来たんだろう」と落ち込みました。英語を話せるようになりたくて海外へ来たのに、英語から逃げるために部屋へ戻っている。
あの頃の僕は、環境へ飛び込む勇気さえあれば、英語は自然に身につくと思っていました。
いまは、環境が大切だという考え自体は変わっていません。ただし、それは半分だけです。
目の前で何が起きているのかを受け取る土台がなければ、英語の音は自分のなかを通り抜けていく。使う場所と、そこで使えるようにする準備。その両方が必要でした。
僕には、その準備の仕方が分かっていなかったのです。
第2章 英語を学ぶ大学で、英語から逃げた
ホームステイで思うように話せなくても、英語をあきらめたくはありませんでした。
だから僕は、英語を専門的に扱う大学へ進みました。
授業の多くが英語で進み、英語で考え、英語で意見を伝えることを求められる環境です。
「ここに身を置けば、今度こそ変われる」
また僕は、環境が自分を変えてくれることを期待しました。
教室には、帰国子女や、もともと英語が得意な学生がたくさんいました。
先生が英語で質問すると、彼らは間を置かずに答える。冗談が出れば、同じタイミングで笑う。僕がようやく質問の意味を理解した頃には、もう別の話題へ進んでいる。
ノートには、聞き取れた単語だけが虫食いのように並びました。
授業の終わりにそのページを見ても、何を学んだのか自分でも分かりません。次の授業では前回の内容を理解している前提で話が進み、分からないものの上に、さらに分からないものが積み重なっていきました。
もちろん、先生や周りの学生が悪かったわけではありません。
いちばん苦しかったのは、周りができていることを、自分だけができないように見えたことです。
英語を学びたくて入った大学なのに、「英語が分かりません」と言うのが恥ずかしい。初歩から戻りたいのに、いまさら戻る場所がないように感じる。
やがて僕は、当てられそうな席を避けるようになりました。教室の後ろへ座り、目立たないようにする。それでも授業へ向かう足は少しずつ重くなり、最後には教室そのものから遠ざかりました。
英語を学ぶために選んだ場所で、僕は英語から逃げていました。
そして、大学を離れました。
大学を離れたという事実よりも、「やっぱり自分にはできなかった」という感覚のほうが長く残りました。
英語ができないのではない。自分には、英語を身につける能力そのものがないのではないか。
そう思うと、それまでの失敗が全部つながって見えました。ニュージーランドで話せなかった。ポートランドでも話せなかった。大学の授業にもついていけなかった。
失敗が重なるたびに、「向いていない」という結論だけが強くなっていきました。
いま振り返れば、足りなかったものは才能ではありません。
僕は、基礎が抜けたまま、実践だけを増やそうとしていました。理解できない理由を見つけず、周りに追いつこうとすることだけに必死になっていた。
努力の量より先に、理解の順番と土台を見直す必要があったのです。
でも当時の僕は、その違いを知りませんでした。
第3章 一日3時間勉強しても、何も変わらなかった
大学を離れても、英語への未練は消えませんでした。
英語を見ると、逃げた自分を思い出す。それでも、世界を旅したいという気持ちは残っている。
だから僕は、独学を始めました。
単語帳を買い、文法の参考書を買い、平均して一日3時間ほど机に向かった時期があります。
朝は、通勤や移動の時間に単語を回す。夜は、参考書の問題を解く。分からないページには付箋を貼る。評判のいい教材を知れば、今度こそと思って買い足す。
ページは進みました。線を引いた場所も、覚えたはずの単語も増えました。
勉強した時間だけを見れば、何もしていなかったわけではありません。
それなのに、英語を話す場面を想像すると、口から言葉が出てくる気配がまったくない。
問題集では正解できた文法が、会話のなかでは使えない。昨日覚えた単語が、必要な瞬間には出てこない。勉強中の自分と、英語を使う自分が、別々の人間のようでした。
「これだけやっているのだから、いつか急に話せるようになるはずだ」
そう思って続けました。
でも、その「いつか」がいつなのかは分かりません。
苦しかったのは、進んでいないことだけではありませんでした。
何を、どの順番でやればいいのか分からない。
単語が足りないのか。文法なのか。聞き取りなのか。発音なのか。
原因を特定できないから、とりあえず全部やる。全部やるから、どれも中途半端になる。ひとつの教材を終えても不安が消えず、次の教材を探す。
努力すればするほど、自分に足りないものばかりが目に入るようになりました。
休めば遅れる気がする。でも続けても前へ進んでいる感じがしない。
英語そのものより、「このやり方をいつまで続けるのか分からない」ことに疲れていました。
この時期の経験が、のちに僕の考え方の芯になりました。
学習には、いまの自分にとって、最も波及効果の大きい一点があります。
ボウリングで、いちばん手前の一本を正確に倒せば、後ろのピンまで連鎖して倒れていくように。いま何が詰まりをつくっているのかを見つけ、そこへ力を集中させる。
僕はその一点を「センターピン」と呼ぶようになりました。
どこを狙うかを決めないまま球数だけを増やしても、結果は変わりません。
単語帳も、文法書も、発音練習も、それ自体が悪いわけではない。問題は、いまの自分に必要な順番を知らず、不安を消すためだけに勉強量を増やしていたことでした。
過去の僕が本当に欲しかったのは、新しい教材ではありません。
「まず、ここからやればいい」
そう言ってくれる地図だったのです。
第4章 英語が必要になる場所へ、先に出た
僕は10代の終わりごろから、事業に取り組んでいました。
仕事に没頭している間、英語のことは頭の隅へ追いやられていました。英語を考えると、できなかった頃の自分を思い出す。だから、忙しさを理由に見ないようにしていた部分もあったと思います。
それでも、世界を旅したいという気持ちだけは消えませんでした。
知らない街を自分の足で歩きたい。日本の外で暮らす人と話したい。場所に縛られずに仕事をしたい。
その未来を想像するたび、英語を避けたままでは進めないことも分かっていました。
そこで僕は、順番を変えました。
英語ができるようになってから海外へ行くのではなく、先に海外へ出たのです。
これは「準備なしで飛び込めばいい」という意味ではありません。僕に必要だったのは、完璧になる日を待つことをやめ、英語を使う理由がある場所へ近づくことでした。
現地では、誰も僕の学習進度を待ってくれません。
空港で乗り継ぎを確認する。宿の手違いを説明する。仕事の相手に条件を伝え、こちらの意図を確認する。
通じなければ、予定が変わる。誤解したまま進めば、仕事にも影響する。
教科書の問題なら、間違えても赤い線が一本つくだけです。でも現実の会話では、その場で伝え直さなければ何も進みません。
そこで初めて、英語は「評価される科目」から「目の前の状況を動かす道具」へ変わりました。
不思議なもので、英語の意味が変わると、学ぶ姿勢も変わりました。
単語帳の一語が、「試験のために覚えるもの」から「明日、誰かへ伝えるために使うかもしれないもの」になる。
通じなかった悔しさも、以前とは違いました。
昔は「自分には才能がない」という結論へ向かっていました。けれど目的があると、「次はどう言えば伝わるだろう」という問いに変わります。
自分を責めるためではなく、次の行動を変えるために英語を調べるようになったのです。
やりたいことに先に近づいたことで、英語を学ぶ理由がようやく具体的になりました。
英語ができてから人生を始めるのではない。
人生を動かしながら、その人生に必要な英語を身につけていく。
この順番の変化が、僕にとって大きな転機になりました。
第5章 二人の師が、英語の世界をひっくり返した
英語を使う理由は見つかりました。
それでも、必要だからといって、分からなかった文法が急に分かるわけではありません。伝えたいことがあっても、知識が使える形になっていなければ言葉は出てこない。
「どこから理解し直せばいいのか」
その答えを探していた僕にとって、転機になったのが二人の人との出会いでした。
ひとりは、多言語を扱う言語学者です。
その人から、認知文法を含む英語の捉え方を学びました。
それまで僕にとって英語は、覚えるべき規則と例外の集まりでした。前置詞は日本語訳で覚える。時制は表で覚える。熟語はひとまとまりで暗記する。
ひとつ覚えても、すぐに例外が出てくる。例外を覚えると、また別の使い方が出てくる。
英語は、記憶力のいい人だけが最後まで登れる、終わりのない階段のように見えていました。
けれど、その人の説明を聞いていると、ばらばらに見えていた表現の下に、共通する意味の仕組みがあることが見えてきました。
なぜ、その前置詞なのか。なぜ、その時制なのか。話し手は、出来事をどこから見ているのか。
「そういうことだったのか」
それまで暗記していたものが、少しずつ意味を持ってつながり始めました。
これは、僕が新しい文法を発明したという話ではありません。すでに積み上げられてきた言語学の知見に触れ、初めて自分にも納得できる形で英語を見られるようになった、という話です。
もうひとりは、同時通訳の実務家です。
その人からは、理解したことを、実際に使える形へ落とし込む考え方を学びました。
知っていることと、その場で出てくることは別物です。
文法の説明を読んで「分かった」と感じても、会話は待ってくれない。意味をつかみ、自分の場面へ置き換え、声に出し、必要な瞬間に取り出せるところまで準備する必要があります。
どういう順番で扱えば、知識が口の動きへ変わるのか。
実際の現場で毎日言葉を使っている人の説明には、参考書とは違う具体性がありました。
言語学者から学んだ「意味を理解する視点」と、同時通訳の実務家から学んだ「使える状態へ変える手順」。
この二つが重なったとき、僕のなかで英語の世界がひっくり返りました。
暗記すべき規則の集合が、「意味の仕組みを理解し、自分の現実で使うもの」になった。
すると、学ぶこと自体が苦役ではなくなりました。
新しい表現を知るたびに、「こんなふうに状況を見ているのか」と分かる。違いが見えると、もっと確かめたくなる。
英語を勉強しているというより、世界の切り取り方を一枚ずつ増やしている感覚でした。
僕自身の実感としては、そこから一年ほどで、二つの言語を使って生活できる状態になりました。
もちろん、これは僕個人の物語です。誰にでも同じ期間で、同じ変化が起きると約束するものではありません。
ただ、ひとつだけ、僕のなかではっきりしたことがあります。
遠回りの原因は、才能がなかったことではない。
理解の順番と、使える状態にするための橋がなかったことです。
英語が得意な人の背中を、ただ遠くから追いかける必要はなかった。自分が立っている場所を見つけ、必要な一本から倒していけばよかったのです。
第6章 20代で海外移住し、海外法人と抹茶事業へ
英語が道具として使えるようになると、生活の設計そのものが変わりました。
僕は20代で海外へ移住しました。
住む国を自分で選ぶ。日本の外に生活の拠点をつくる。
かつての僕にとって、それは英語ができる特別な人だけに許された選択肢でした。夕食の会話に入れず、部屋へ戻っていた頃の僕には、自分が海外で暮らす姿など想像できませんでした。
移住後は、海外で法人を立ち上げ、運営するようになりました。
契約書を読む。条件を確認する。現地の担当者へ質問する。意見が違えば、なぜそう考えるのかを伝える。
もちろん、英語さえできれば事業が成り立つわけではありません。商品も、数字も、判断も、人との信頼関係も必要です。
でも、英語がなければ、そもそもその話し合いの席につくことすら難しかったと思います。
いま取り組んでいる事業のひとつが、抹茶です。
日本で長く親しまれてきたものを、海外の人へ届ける。
ただ商品名を英語へ訳せば伝わるわけではありません。相手が何を知りたいのか。どこに価値を感じるのか。日本では説明しなくても共有できる背景を、どう言葉にするのか。
相手の話を聞き、こちらの文化を説明し、少しずつ理解を重ねていく。
日本の価値を海外へ手渡すこの仕事は、言葉の上で成り立っています。
仕事をしながら、ときどき不思議な気持ちになります。
かつて、海外の食卓で皿を見つめていた人間が、いまは海外で仕事の条件を話し、日本の抹茶について説明している。
人生が変わる瞬間に、派手な音が鳴ったわけではありません。
ある日突然、別人になったわけでもない。
分からない理由をひとつ見つける。使いたい場面をひとつ決める。伝わらなければ、もう一度言い方を変える。
小さな選択を積み重ねた先に、いまの生活があります。
だから僕は、「英語ができれば、誰でも海外移住や起業ができる」とは言いません。
英語だけが人生を変えたわけではないからです。
ただ、英語は確かに、それまで見えなかった選択肢へ手を伸ばすための道具になりました。
そして、その道具を持ったことで、「自分はどこで、誰と、何をして生きたいのか」を以前より自由に考えられるようになりました。
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第7章 教える理由は、昔の自分に届く橋を作るため
僕は、完成した天才ではありません。
むしろ、遠回りの記録のような学習者です。
海外へ行っても話せなかった。英語を学ぶ大学から逃げた。一日3時間机に向かっても、何をすればいいのか分からなかった。
そんな僕が英語を教えているのには、理由があります。
専門家の知見には、すばらしいものがたくさんあります。
けれど、その多くは専門家の言葉で書かれています。英語が苦手な大人にとっては、説明を理解するために、さらに別の説明が必要になることも少なくありません。
一方で、初心者向けに簡単にしすぎると、今度は「とにかく覚えましょう」「何度も繰り返しましょう」だけになり、なぜそうなるのかが抜け落ちてしまう。
かつての僕は、その間にいました。
難しい説明には入っていけない。でも、丸暗記だけでは納得できない。
何を信じて、どこから始めればいいのか分からないまま、教材だけが増えていきました。
だから、いまの僕にできるのは、その間を翻訳することだと考えています。
学問の世界で積み上げられてきた知見と、教室の後ろで下を向いていた人間の感覚。
本当は筋道のある内容を、難しさを理由に手放さず、かつての僕でも一歩目を選べる言葉に置き換える。
その橋をつくることが、僕が発信を続ける理由です。
書籍『英語学習のセンターピン』も、この考え方を軸に書きました。
すべてを一度にやろうとするのではなく、いま自分がどこにいて、次にどの一本を狙うのかを見つける。
それが分かるだけで、同じ一時間でも、努力の意味は変わります。
そして僕は、あなたに僕の言うことを丸ごと信じてほしいとは思っていません。
考え方を知り、自分の英語で試し、変化があるかを確かめる。合わないところは手放していい。
大切なのは、「ドラゴンの方法が正しい」と思ってもらうことではありません。
あなたが、自分の現在地を見つけ、今日どこを狙うかを自分で決められることです。
昔の僕が欲しかった地図を、いま英語に迷っている人へ渡す。
そのために、僕は教えています。
第8章 生徒が英語の外へ歩き出した
一緒に学んできた方々の話を聞くとき、僕がいちばんうれしいのは、点数が上がったという報告だけではありません。
英語を使って、実際に人生のなかで何かを選んだという報告です。
50代の会社員の女性は、ノルウェーをひとりで旅しました。
旅の途中では、スウェーデン人の家庭に約二週間滞在したそうです。
知らない土地で、他人の家に入り、同じ食卓を囲む。
かつての僕は、まさにその食卓から逃げました。会話が分からないことが怖くて、自分の部屋へ戻った。
その方は、そこに座り続けました。
完璧な英語だったかどうかは、大切ではありません。
自分の言葉で関わろうとし、その時間を生きた。その事実に、僕は胸を動かされます。
60代の主婦の方は、『赤毛のアン』の舞台であるカナダを訪れました。
長いあいだ心のなかにあった物語の風景を、自分の目で見に行く。
好きだったものが、画面や本の向こう側にある憧れではなく、自分が実際に立てる場所へ変わる。
英語は、その距離を越えるために使われました。
パリで会話が通じず、悔しい思いをして帰ってきた30代の女性もいます。
海外へ行ったのに話せなかった悔しさは、僕にもよく分かります。
その方は、そこで「向いていなかった」と終わりませんでした。学び直しを続け、TOEIC 720点を取り、その後、トロントの国際カンファレンスへ参加しました。
一度うまくいかなかった場所から、もう一度世界の側へ歩き出したのです。
三人に共通しているのは、ただ英語が上手になったことではありません。
英語の外側へ歩き出したことです。
旅に出る。誰かの家に滞在する。憧れていた場所へ行く。国際的な場に参加する。
英語は最後まで、人生の主役ではありませんでした。
その人が本当にやりたかったことを支える、道具のままでした。
それでいいのだと思います。
むしろ、それこそが、英語を学ぶ理由なのだと思います。
第9章 英語学習を終わらせ、人生を進める
ここまで読んでも、「この人は最終的にできたから、そう言えるのだ」と感じるかもしれません。
「自分には無理だ」と思う理由も、人によって違います。
よく聞く声に、ひとつずつ答えさせてください。
「もう歳だから、今さら遅い」
僕が本当に英語を使えるようになったのは、学生の頃ではありません。
仕事を持ち、事業に取り組み、生活が忙しくなってからです。
10代で完成しなかったからこそ、大人になってからやり直す苦しさを知っています。
時間が限られている。昔より覚えにくくなった気がする。何度も挫折しているから、また失敗するのが怖い。
それでも大人には、自分が英語を使って何をしたいのかを具体的に選べる強さがあります。
試験のために全部を覚える必要はありません。
次の旅行で、どんな場面を自分の言葉で切り抜けたいのか。仕事で、誰に何を伝えたいのか。
目的が見えれば、狙うべき一本も見つけやすくなります。
「英語の才能がない」
僕は、英語を学ぶ大学から逃げた人間です。
才能だけで説明するなら、僕こそ真っ先に脱落した側でした。
でも、分からなかった理由を「才能」の一語で終わらせると、次に変えられるものがなくなってしまいます。
僕に足りなかったのは、意味の仕組みを理解する視点と、理解したものを使える形に変える順番でした。
できないことは、能力の判決ではありません。
いま、どこで詰まっているかを知らせる情報です。
「忙しくて、まとまった時間が取れない」
忙しいからこそ、全部をやろうとしないことが大切です。
いま一番大きな詰まりは何か。次に使う場面はどこか。今日、そのために扱う英文はどれか。
選ぶものを減らせば、短い時間にも役割が生まれます。
一日3時間勉強して迷っていた僕よりも、目的を決めたあとの短い実践のほうが、次の行動へつながることは何度もありました。
「もっと上手になってから、英語を使いたい」
その気持ちもよく分かります。
間違えたくない。相手に迷惑をかけたくない。恥ずかしい思いをしたくない。
でも、「十分に上手になった」と自分で思える日は、待っているだけではなかなか来ません。
小さく使い、伝わらなかったところを持ち帰り、また準備して使う。
実践は、学習の卒業試験ではありません。学習の途中にあるものです。
もうひとつ、お伝えしておきたいことがあります。
僕は、「英語ができたら人生が変わる」とは言いません。
英語だけで、すべてがうまくいくわけではないからです。
順番は、むしろ逆です。
人生を少し動かしながら、そこで必要になる英語を使えるようにしていく。
行きたい場所を先に決める。会いたい人を先に決める。話したいことを先に決める。
そうすると、必要な英語が絞り込まれます。
学習が、終わりのない準備ではなく、次の行動につながるものへ変わります。
そして、その過程で、多くの人が予想していなかったものを見つけます。
自分は何に惹かれるのか。誰といるときに力が出るのか。どんな場所で生きたいのか。
英語は、外の世界を知るためだけの道具ではありません。
自分の輪郭を知るための入り口にもなります。
終章 次に歩き出すのは、あなたです
英語学習には、終わりがあります。
単語をすべて覚えた日でも、文法問題を一問も間違えなくなった日でもありません。
英語を、人生の道具として使い始めたときです。
そこから先は、勉強だけの話ではなくなります。
あなたは、英語を使ってどこへ行きたいのか。
誰と話したいのか。
何を知り、何を伝え、どんな生活を選びたいのか。
かつての僕は、その問いに答える前に、「もっと英語ができるようにならなければ」と考えていました。
準備が終わらないから、人生のほうを待たせていたのです。
でも、人生は、英語が完成する日まで止まってはくれません。
だから、完璧な計画でなくていい。
次の旅で一度、自分から話しかける。好きな作品について、海外の人の感想を読んでみる。仕事で必要な一文を、自分の言葉として使えるところまで練習する。
まず、英語の外側にある目的をひとつ決めてください。
その目的から逆算して、今日の一本を選んでください。
僕は、あなたに何かを保証することはできません。
できるのは、僕自身が遠回りした記録と、そこから拾った考え方を渡すことです。
もし、それによってあなたが今日狙う一本を決められたなら、僕がこの長い文章を書いた意味があります。
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学んだことを、自分の一日と、次の行動へつなげるために書いています。
ここまで読んで、「自分も、英語の先にあるものを取り戻したい」と感じた方は、下のリンクから続きを受け取ってください。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
あなたの英語が、いつかのための準備で終わらず、あなたが本当に行きたい場所につながりますように。
ドラゴン
