この章で分かること

  • 日本語訳だけで理解を終えたときに、何が消えているのか
  • 認知文法とは何で、それをどう学習に使うのか
  • 基本語の核・前置詞・時制を、暗記ではなく見え方として捉える方法
  • 「どこまで分かれば分かったことにするのか」という理解の基準
  • インストールとは、実際に何をすることなのか

前章の要約| 第1章では、英語が積み上がらない原因を努力量ではなく学習の構造に置き、「英語学習とは、目の前の英語を自分のものにすること」という定義を渡しました。その方法は「インストール × リハーサル」。全体地図は SEE / USE / LIVE。この章は、その最初の層である SEE を扱います。


訳せているのに、届いていないもの

一つ、実験をします。次の英文を見てください。

I'll take it.

訳すのは簡単です。「それにします」「それをもらいます」。ほとんどの人が3秒で訳せます。

では、次の質問に答えてみてください。

この文を言っているのは、どこにいる誰ですか。相手は誰ですか。この人は今、どんな動作をしていますか。手はどこにありますか。表情はどうですか。声のトーンは。

多くの人は、ここで止まります。訳は出るのに、場面が出てこない。

これが、僕が「訳せるのに使えない」と呼んでいる状態です。訳は正しい。でも、その文が実際に使われる場所が、自分の中に立ち上がっていない。だから、いざ店で商品を決めたとき、口からは出てきません。出てくるのは「これください」という日本語と、それを訳そうとする作業です。そして訳している間に、会話は次へ進んでいます。

日本語訳は、意味に近づくための入口としては優秀です。僕はそれを禁止しません。問題は、入口で止まってしまうことのほうです。


日本語訳を通ると、何が消えるのか

英語を日本語に置き換えるとき、実は、いくつかの情報が落ちています。

焦点が落ちます。同じ出来事でも、英語は「誰が何を動かしたか」に焦点を当てて描くことが多く、日本語は「どうなったか」に焦点を当てることが多い。訳した瞬間に、この視点の置き方が日本語のものに置き換わります。

範囲が落ちます。単語と訳語は、一対一ではありません。英語の一語が持つ意味の範囲と、日本語の訳語が持つ範囲は、重なってはいますが、輪郭がずれています。訳語だけを覚えると、そのずれた分が見えなくなります。

距離が落ちます。話し手が対象をどれくらい近くに感じているか、どれくらい離して扱っているか。これは英語では文法の形そのものが担っていることがあります。訳文にすると、たいてい消えます。

動きが落ちます。英語の基本的な動詞の多くは、静止した状態ではなく、動きや向きを描いています。日本語の訳語は、その動きを名詞的な結果に固定してしまうことがあります。

言い換えると、日本語訳は意味の「答え」を教えてくれますが、その答えがどう作られたかは教えてくれない。だから、自分で新しい文を作るときには使えないんです。


言語ごとに、世界の切り分け方が違う

もう少し根本のところから見ておきます。

日本語では、温度によって「水」と「湯」を分けます。英語ではどちらも water で、温度は別の語で足します。日本語では「兄」と「弟」を分けますが、英語は brother で、年齢差は必要なときだけ足します。逆に、日本語では「着る」「履く」「かぶる」「はめる」と身体の部位で動詞を分けますが、英語は wear でまとめて、部位は目的語のほうが担います。

どちらが優れているという話ではありません。言語ごとに、世界のどこに線を引くかが違う、という話です。

ここから分かることが一つあります。単語を訳語で覚えるというのは、英語が引いている線を消して、日本語の線を上書きする作業でもある、ということ。だから訳語を何千個覚えても、英語が世界をどう切っているかは見えてこない。

僕が第1章で「見え方を変える」と書いたのは、この線の引き方を見に行く、という意味です。


認知文法という、レンズ

この「線の引き方」を扱ってきた学問があります。認知言語学、その中の認知文法と呼ばれる分野です。

先にはっきり書いておきます。認知文法という分野を、僕が発明したわけではありません。 これは既存の学問分野です。僕がやったのは、その中から大人の学習者が実際に使える部分を選び、実践の形に翻訳して、学習の順番の中に組み込んだことです。

このシリーズでは、認知文法をこう定義して使います。

認知文法とは、英語話者が場面をどう切り取り、何に焦点を当て、どんな距離や動きを感じているのかを見るためのレンズである。

レンズです。それ以上でも以下でもありません。ここは正直に書いておきたいので、限界も先に置いておきます。

このレンズをかけたからといって、英語話者全員が同じように感じている、と言えるわけではありません。英語を話す人は世界中にいて、地域も世代も背景もばらばらです。「ネイティブは必ずこう考える」という言い方を、僕はしません。

また、これは脳の働きが科学的に証明された、という話でもありません。研究として積み上がってきた見方であり、僕自身が学習と指導の中で有効だと確かめてきた道具です。そこまでです。

そして、万能でもありません。すべての表現に美しい説明がつくわけではなく、慣用として覚えるしかないものも普通にあります。レンズは、意味を深く捉えるために有力ですが、魔法ではありません。

その上で、このレンズは効きます。以下、実際に使ってみます。


実演1|基本語には、訳語をつなぐ核がある

get という動詞を、辞書で引くとこうなります。手に入れる、なる、着く、理解する、持ってくる、させる。

これを訳語のリストとして暗記しようとすると、記憶の負荷が高く、しかも使えません。文脈ごとに正しい訳を選ぶ作業が必要になるからです。

そこで、リストの下にある共通の動きを見ます。

  • I got a new phone. — なかった状態から、ある状態へ
  • I get up at six. — 寝ている状態から、起きている状態へ
  • It's getting cold. — 寒くない状態から、寒い状態へ
  • I got it. — 分かっていない状態から、分かった状態へ
  • I got home at ten. — 家にいない状態から、家にいる状態へ

並べると見えてきます。get は「ある状態から、別の状態へ移る」という動きを描いている。日本語訳がばらばらに見えたのは、日本語がその移り方ごとに別の動詞を用意しているからです。

同じことが、have、come、go、take、give といった基本語でも起こります。基本語ほど訳語が多く、基本語ほど核がはっきりしています。訳語の数を覚えるのではなく、核を一つ持つ。 そこから場面ごとの見え方が広がっていきます。


実演2|前置詞は、小さな接着語ではない

on を「〜の上に」と覚えていると、次で困ります。

  • The book is on the desk.(机の上)
  • There's a poster on the wall.(壁は上ではない)
  • There's a fly on the ceiling.(天井は完全に下向き)

「上に」では説明がつきません。ここで on を、位置ではなく接触して、支えられている関係として見ると、3つとも同じ形になります。机も、壁も、天井も、そこに接して支えられている。

この見方を持つと、次のような表現もつながって見えてきます。

  • on Monday — 曜日という面の上に、その出来事が乗っている
  • on the phone — 電話という回線につながって、支えられている
  • depend on — 何かに接して、支えてもらっている

前置詞は、単語と単語をつなぐ小さな部品ではありません。話し手が空間や関係をどう見ているかを決めている、視点の指定です。in、at、to、for なども、それぞれ固有の見え方を持っています。ここは一つずつ扱うだけの分量があるので、このシリーズでは入口までにして、個別の解説は別記事に譲ります。


実演3|時制は、時間だけを表しているのではない

過去形は「過去のこと」。学校ではそう習います。半分は正しい。ただ、それだけだと次の文が説明できません。

  • Could you help me?
  • I was wondering if you could help me.

どちらも過去の話ではありません。今、目の前の相手に頼んでいます。それなのに過去形が使われている。

ここで、過去形を「距離」として見ると、つながります。過去形は、今ここから一歩離した形。時間的に離せば過去になり、対人的に離せば丁寧になり、現実から離せば仮定になる。同じ「離す」という一つの働きが、文脈によって違う顔を見せている、という見方です。

進行形も同じです。「今〜している」だけで覚えていると、次で引っかかります。

  • I live in Bangkok.
  • I'm living in Bangkok.

上は、そこが生活の拠点だという事実。下には「今のところは」「一時的に」という含みが出ます。進行形を「途中にいる」という見方で捉えると、一時性のニュアンスが自然に説明できます。

大事なのは、こうした説明を暗記することではありません。時制は時間だけでなく、距離や臨場感も作っている、という前提を持つこと。その前提があるだけで、教材で出会う例文から読み取れるものが増えます。


実演4|英語は、動詞で場面を動かす

もう一つだけ。

日本語から英語を作ろうとすると、be動詞と形容詞に寄ってしまうことがあります。「私は忙しいです」「それは難しいです」「彼は上手です」。間違いではありません。ただ、これだけだと場面が静止したままになります。

英語は、動詞で場面を動かして描くことが多い言語です。

  • 「私は忙しいです」 → I'm busy. / I have a lot going on this week.
  • 「彼は料理が上手です」 → He's a good cook. / He cooks really well.

後者のほうが正しい、という話ではありません。選択肢が二つあることが分かっていれば、詰まったときに逃げ道ができる、という話です。誰が、何を、どう動かしたのか。この視点で英文を見る癖がつくと、読むときの解像度も、作るときの自由度も上がります。


どこまで分かれば、「分かった」ことにするのか

ここで、多くの人が引っかかるところに触れておきます。

こういう話をすると、「じゃあ全部の単語の核を把握してから進むべきなのか」と考える人がいます。答えは、いいえです。

完璧に説明できるようになる必要はありません。 僕が基準にしているのは、説明できるかどうかではなく、こちらです。

その英文を見たとき、場面がぼんやりとでも浮かぶか。

ぼんやりで構いません。むしろ、最初はぼんやりしています。I'll take it. を見たときに、店らしき場所で、何かを手に取って、決めた感じ。そのくらいで十分です。そこから、使うたびに輪郭が濃くなっていきます。

逆に避けたいのは、一つの単語を完璧に理解するまで先に進まない、という進め方です。これは真面目な人ほど陥ります。理解の深さは、先に進んでから戻ってくることで深まるので、最初の一周で完成させようとすると、そこで止まります。

なお、「どこまでやったら次の段階へ行っていいのか」という段階の判断には、僕が実践の中で使っている目安があります。ただしそれは試験のスコアのような厳密な数値ではなく、学習段階を選ぶための実用的な目安です。これは第4章でまとめて扱います。

もう一つ、よくある質問に答えておきます。 「これは結局、よく言われる『英語脳を作る』ということですか」と聞かれることがあります。近い話ではありますが、僕はこのシリーズでその言葉を正式な用語としては使いません。曖昧で、何をすればいいかが決まらないからです。代わりに、こう言い換えます。英文を見たときに、訳語を経由せずに、場面と関係が立ち上がる状態。何が起きていればそう言えるのかを、具体的に決めておくほうが役に立ちます。


インストールとは、何をすることか

ここまでが「見え方を変える」という話でした。最後に、それを自分の中に入れる作業、インストールを定義します。

インストールとは、理解した英語を、意味・動き・焦点・気持ちを伴う形で、自分の中に組み込むこと。

ポイントは、「説明を読んで納得すること」ではない、という一点です。

get の核の説明を読んで「なるほど」と思ったとき、それはまだインストールではありません。理解が起きただけです。理解は、放っておくとほぼ消えます。あなたが過去に「なるほど」と思った英文法の説明を、今どれだけ覚えているかを考えれば分かると思います。

インストールが起きているかどうかの判断基準は、こうです。その英語を見た瞬間に、訳を作る作業を経ずに、場面が立ち上がるか。

具体的に、一文でやってみます。

Let me get back to you on that.

手順1|訳を一度作る。 「それについては、後ほどこちらから連絡します」。訳は入口として使います。ここで止まらなければ問題ありません。

手順2|核を確認する。 get back は「戻る」という動き。to you で、その戻る先が相手。on that で、その話題に接して。訳から離れて、動きとして見ます。

手順3|場面を作る。 会議中。相手から質問が出た。今すぐ答えられない。手元の資料を確認する必要がある。相手の顔を見て、少し間を置いて言う。

手順4|焦点と気持ちを乗せる。 これは逃げの表現ではなく、「必ず自分から戻します」という約束のほうに焦点があります。だから、申し訳なさよりも、落ち着いた責任感の色がつきます。

ここまでやると、この一文は「後で連絡します、という意味の熟語」ではなくなります。自分が実際に置かれる場面と結びついた、使える一文になります。

これが、インストールです。慣れてくれば、一文ずつ短い時間でも取り組めます。大量の例文をまとめて扱う必要はありません。自分が使う一文を、この深さで入れる。 訳語を増やすだけでなく、実際に使う場面まで含めて理解することが目的です。


今日の一歩

今日は、観察を一つやってください。

英文を一つ、または基本語を一つ選びます。教材の例文でも、動画で聞いた一言でも構いません。それを、次の4列で書き出してみてください。

英文・語訳語場面動き焦点
I'll take it.それにします店で、商品を決めた直後。店員に向かって目の前のものを、自分の側へ引き取る選ぶ側が「決めた」という意思

自分の一つを、この形で埋めてみてください。

埋めながら、たぶん気づくことがあります。訳語の列はすぐ埋まるのに、場面と動きの列で手が止まる。それが今のあなたの理解の形です。悪いことではありません。止まった場所が、これから深めるべき場所です。

まずは一日一つで十分です。訳語の数を増やす学習とは違う手応えがあるか、自分で確かめてみてください。


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ここまでで、英語の見え方は変わり始めているはずです。

ただ、正直に書きます。見えるようになっただけでは、口からは出てきません。

これは、僕が指導の中で何度も見てきたことです。認知文法のレンズを手に入れて、英文を読むのが楽しくなって、理解も深まった。それなのに、いざ話す場面になると、やっぱり出てこない。

理由ははっきりしています。掛け算のもう一方が、まだゼロだからです。

インストールした英語を、自分が実際に使う前提で、声と行動に移す。それがリハーサルです。そして、リハーサルには3つの条件があります。条件を持たずに発声だけを重ねるより、使う場面と結びつけたほうが、本番で思い出すための準備になります。

次の章では、その3条件を扱います。ここが、「知っている」と「使える」の間にある最後の壁です。

第3章|英語を「知っている」から「使える」に変える2つの行為


この章で扱った見方を、実際の教材や日々の英語にどう当てはめるか。具体例は無料メルマガでお届けしています。 → 無料メルマガで、実践の続きを受け取る