この章で分かること

  • 理解したのに口から出てこないとき、何が起きているのか
  • 音読とリハーサルは、どこが違うのか
  • リハーサルの3条件、絵・感情・状況とは何か
  • 日本語を禁止せずに、英語にしやすい形へ整える方法
  • 反復を「回数」ではなく「解像度」として設計し直す方法

前章の要約| 第2章では、日本語訳だけを通ると焦点・範囲・距離・動きが消えることを見て、認知文法を意味を見るためのレンズとして使いました。そして、理解した英語を意味と場面を伴う形で自分の中に組み込むことをインストールと定義しました。ただし、そこまでで止まると、掛け算の片側がゼロのままです。この章は、もう一方のリハーサルを扱います。


分かっているのに、出てこない

第2章の最後に、僕はこう書きました。見えるようになっただけでは、口からは出てこない、と。

これは、指導の中でいちばん多く立ち会ってきた場面です。英文の見え方が変わって、読むのが楽しくなって、教材の例文から読み取れるものが増えた。理解の質は明らかに上がっている。それなのに、実際に人を前にすると、やっぱり出てこない。

この状態にいる人は、たいてい自分をこう診断します。「量が足りない」「まだ準備ができていない」「もっと覚えなければ」。そしてまたインプットに戻ります。ところが、戻った先で増えるのは理解であって、口から出る英語ではありません。同じ場所を回り続けることになります。

原因は単純です。理解と発話は、別の作業だからです。

英語を理解するとき、あなたは受け手として動いています。目の前にある英文の意味を、受け取って解く。一方、英語を使うとき、あなたは送り手として動きます。まだ形になっていない言いたいことを、自分から出す。この二つは、必要な準備が違います。受け手としての準備をどれだけ積んでも、送り手としての準備にはなりません。

だから僕は、「自分のものにする」を二つの行為に分けました。

自分のものにする = インストール × リハーサル

第2章がインストールでした。この章が、リハーサルです。


音読とリハーサルは、別のもの

「声に出す練習ならやっています」と言われることがあります。毎朝10分、音読している。シャドーイングもしている。それでも出てこない、と。

ここを整理しておきます。

音読は、行為の名前です。「英文を声に出す」という動作を指しているだけで、そこに条件はついていません。だから、意味を考えずに読んでも音読ですし、口だけ動かして頭は別のことを考えていても音読です。

リハーサルは、条件のついた行為です。舞台の稽古を思い浮かべてください。稽古では、台詞を音として正確に言えれば合格、ということにはなりません。誰に向かって言っているのか。どんな気持ちで言っているのか。その場面で自分はどこに立ち、何をしているのか。それが伴っていない台詞は、本番で観客に届きません。稽古とは、本番と同じ条件を先に作っておく作業です。

英語も同じです。本番、つまり実際に人と話す場面で必要なのは、正しい音を出す能力だけではありません。言いたい状況になったときに、その一文が出てくることです。そのためには、練習の段階で、本番と同じ条件を作っておく必要があります。

僕が言うリハーサルには、3つの条件があります。


リハーサルの3条件|絵・感情・状況

リハーサルを成立させる絵、感情、状況の3条件
絵・感情・状況を加えると、英文が記号ではなく、自分が使う場面のことばになります。
  1. — その英文が描く場面が、自分の中で見えている
  2. 感情 — その言葉を言う理由や気持ちがある
  3. 状況 — 誰に、どこで、何のために言うかが具体的に決まっている

この3つがそろっていると、ただ回数を重ねるより、その一文を実際の場面と結びつけやすくなります。大切なのは、回数だけではなく、どんな条件で練習したかです。

一つずつ、実際にやってみます。使う文はこれにします。

I'd love to, but I can't today.

訳せば「行きたいのは山々だけど、今日は無理なんです」。断りの表現です。多くの人にとって、意味を理解するのは難しくありません。

条件1|絵

まず、この文が描いている場面を見ます。

誰かから誘われました。相手は目の前にいて、こちらを見ています。あなたは一瞬考えて、断ることを決めます。ただし、この文は冷たい断りではありません。前半の I'd love to で、行きたい気持ちのほうを先に出しています。だから、表情は残念そうで、少し申し訳なさがある。相手の目を見て、軽く首を傾ける。

ここまで浮かべば、絵の条件は満たしています。細かく描く必要はありません。第2章に書いたとおり、ぼんやりで構いません。ただ、まったく何も見えていない状態で声に出すのは避けてください。 それは音を出す作業であって、リハーサルではありません。

条件2|感情

次に、なぜこれを言うのかを決めます。

この一文が担っているのは、断りそのものではありません。断りながら、関係を壊さないことです。だから、ここにある感情は「拒否」ではなく、「本当は行きたい、でも今日は事情がある、そのことを分かってほしい」という気持ちです。

この気持ちを持ったまま言うのと、持たずに言うのとでは、声のトーンが変わります。感情を決める目的は、文と自分の経験を結びつけることです。 抽象的な例文のままにせず、「なぜ自分がこれを言うのか」まで決めることで、練習する文を選ぶ理由も明確になります。

条件3|状況

最後に、これがいちばん省略されやすい条件です。あなたが、いつ、誰に、どこで言うのか。

「いつか誰かに言うかもしれない」では、条件を満たしません。具体的に決めてください。たとえば、来週オンラインで話す相手が、通話を延長しようと言ってきたとき。あるいは、旅行先で店員がもう一軒すすめてきたとき。あるいは、職場の同僚がランチに誘ってきたとき。

どれか一つに決めます。決めた瞬間に、この文はあなたの文になります。決めないままだと、教材の中の例文のままです。

そして、この3つをそろえた状態で、数回、声に出します。ここでは回数を競いません。思い出しにくいときは回数だけを増やすのではなく、絵・感情・状況のどこが薄いかを見直してください。


条件が欠けると、何が起きるか

分かりやすいので、欠け方ごとに整理しておきます。

絵が欠けている場合。 音としては言えるのに、意味の実感がありません。テストでは書けるのに会話では出てこない、という形になります。これは、第1章の停滞タイプでいう「日本語訳依存」からそのまま持ち越された状態です。

感情が欠けている場合。 言えるけれど、棒読みになりやすく、自分がその文を使う理由も曖昧なままです。回数を増やす前に、何を伝えたいのかを一度決め直します。

状況が欠けている場合。 練習では言えるのに、本番で出てこないことがあります。教材の中の文を「いつ、誰に、何のために言うか」へ結びつけていないからです。使う場面を先に決めておけば、何を練習すべきかも具体的になります。

第1章で挙げた知識コレクタータイプの出口は、ここにあります。教材も理論も足りているのに使えない場合、足りないのは知識ではなく、この3条件をそろえた発話の量です。


日本語は、禁止しない。整える

もう一つ、実践でぶつかりやすい問題を扱います。

話そうとした瞬間、頭に浮かぶのは日本語です。これは自然なことで、止められません。僕も止めるべきだとは考えていません。第2章から一貫して、日本語は敵ではないという立場です。

問題は、浮かんだ日本語をそのまま英語にしようとすることにあります。日本語には、日本語の中でしか成立しない形が多くあります。それを一対一で英語にしようとすると、詰まります。詰まった時間の分だけ、会話は先に進んでしまいます。

そこで、あいだに一段はさみます。浮かんだ日本語を、英語にしやすい日本語へ整えてから、英語にする。

例を三つ。

「よろしくお願いします」 このまま英語にしようとすると止まります。何を言いたいのかを、自分に問い直します。初対面の挨拶なら、「これから一緒に仕事ができるのを楽しみにしています」。整えてから英語にすれば、I'm looking forward to working with you. と出ます。

「気を使わせてしまってすみません」 整えると、「わざわざありがとうございます」。すると Thanks for going out of your way. が出ます。謝罪の形を維持しようとすると難しくなりますが、感謝の形に整えると簡単になります。

「ちょっと考えさせてください」 整えると、「今は決められません。後で答えます」。すると Let me think about it. や、第2章で扱った Let me get back to you on that. が出ます。

やっていることは翻訳ではありません。自分が本当に伝えたい中身を、日本語の段階で取り出しているだけです。この作業は日本語のほうが速いので、日本語でやります。

慣れてくると、この整える作業は数秒で終わるようになります。そして、整えた日本語のストックが増えるほど、英語にする作業は軽くなります。日本語を経由しないことを目標にするより、日本語の使い方を変えるほうが、大人の学習者には現実的です。


反復とは、回数ではなく解像度

最後に、この章でいちばん重要かもしれない話をします。

「反復が大事」とはよく言われます。ただ、その中身が「同じ英文を同じように何度も読む」だけだと、注意が向きにくくなり、回数のわりに学びが増えないことがあります。

僕は、反復をこう定義しています。

反復とは、同じ英文を毎回同じように読むことではなく、毎回違う解像度で見直すこと。

同じ一文を、見るところを変えながら通ります。

周回見るところ自分に出す問い
1周目意味この文は、何が起きている場面か
2周目動きどの語が、この場面を動かしているか
3周目焦点話し手は、どこを見て言っているか
4周目どこが強くて、どこがつながるか
5周目使用場面自分は、いつ、誰に、これを言うか

同じ文なのに、毎回違う作業になります。だから飽きません。そして5周したあと、その一文はもう教材の例文ではなく、自分の持ち物になっています。

この定義には、もう一つ効果があります。学習の重心が移ります。

多くの人は、できない問題を潰すことを学習だと思っています。分からない単語を調べ、間違えた問題を解き直し、聞き取れなかった箇所を確認する。もちろん必要な作業です。ただ、これだけを続けていると、いつまでも「できないもの」を相手にし続けることになります。手応えが出にくく、終わりも見えません。

そこに、もう一つの軸を足します。すでにできる英文を、より深く使えるようにする。 意味が分かる文を、動きが見えるところまで。動きが見えたら、自分が使う場面まで。この方向にも学習の時間を使うことで、実際に口から出すための準備が増えていきます。

第1章で「増やすから深めるへ重心が移る」と書いたのは、この話です。


先回りして、いくつかの疑問に答えておきます

「一人で声に出しても意味がありますか。相手がいません。」 あります。ただし条件つきです。3条件のうち「状況」を具体的に決めていれば、一人の練習でも本番につながります。決めていない独り言は、効きません。相手がいないこと自体は問題ではなく、相手を想定していないことが問題です。

「声に出すのが恥ずかしいのですが。」 これは真面目な問題なので、真面目に答えます。まず、大きな声である必要はありません。口の形が動いて、自分の耳に届く程度の小さな声でも、条件がそろっていれば機能します。完全に声を出せない場所なら、口の中で言うだけでも構いません。恥ずかしさを克服してから始める必要はありません。

「結局これは、丸暗記と何が違うのですか。」 入れる対象が違います。丸暗記は、文字列を入れます。リハーサルは、場面と結びついた一文を入れます。丸暗記した文は、その形のままでしか出てきませんが、場面と結びついた文は、似た場面で自然に引き出されます。応用が利くかどうかが分かれ目です。

「1日にどれくらいやればいいですか。」 文の数でいうと、1日1文から3文で十分です。少なく感じるかもしれません。ただ、3条件をそろえて1文を扱うと、2〜3分かかります。3文なら10分弱。これを1か月続けると、自分のものになった文が50前後たまります。50文というのは、日常の多くの場面をまかなえる量です。

「たくさん覚えなくていいのですか。」 量が要らないとは言いません。ただ、順番があります。3条件を伴った文が数十できると、そのあと触れる英語の入り方が変わります。土台なしに量を先に増やすと、通り過ぎるだけになります。


今日の一歩

今日は、実際に1文でやってください。10分もかかりません。

手順1|文を選ぶ。 教材からでも、動画で聞いた一言でも構いません。条件は一つだけ、自分がこの先1か月以内に使いそうな文であること。使う予定のない文は、今日は選ばないでください。

手順2|3条件を紙に書く。 頭の中で済ませず、書いてください。

絵:(この文が描いている場面。誰が、どこで、何をしている)
感情:(なぜこれを言うのか。どんな気持ちか)
状況:(自分はいつ、誰に、どこで言うか。できるだけ具体的に)

手順3|書いた3つを持ったまま、数回声に出す。 回数は固定しません。出てきにくいときは回数だけを増やさず、書いた絵・感情・状況のほうを具体的にしてください。

手順4|明日、同じ文をもう一度。 ただし今度は、上の解像度の表の2周目、動きを見ます。

書いてみると、たいていの人は「状況」の欄で止まります。絵と感情は書けるのに、いつ誰に言うのかが出てこない。それは、あなたが英語を使う予定を持っていない、ということです。悪いことではありません。ただ、その事実は覚えておいてください。第5章で、そこに戻ります。


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ここまでで、英語を自分のものにする2つの行為はそろいました。見え方を変えて組み込むインストール。3条件を伴って声と行動に移すリハーサル。

ただ、ここで当然の疑問が出てきます。

では、どの英語を選べばいいのか。

自分のものにする対象が「目の前の英語」だとして、その目の前に何を置くのか。基本動詞を続けるべきなのか、それとも自分が使いたい場面の英語に移っていいのか。文法をもう一周してからにするべきなのか。

第1章で、僕は「完璧にしないまま次へ進むための基準が必要だ」と書きました。第2章では、段階を判断するための実用的な目安があると書いて、そこで止めました。

次の章で、その基準を出します。基礎を固める段階と、実践に出る段階。この二つを分ける線を、どこに引くか。同じ教材を何年も回してしまう状態から抜けるのは、この線がはっきりしたときです。

第4章|基礎学習はどこまでやれば終わるのか


この章のリハーサルを、日々の学習にどう組み込むか。具体例は無料メルマガでお届けしています。 → 無料メルマガで、実践の続きを受け取る